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イーディス・ウォートン「幽霊」

posted at : 2009-08-23 (Sun)

久しぶりに本の感想とか。ブログを分けようかと思ってたけどめんどくなった。今後も少しずつ読書感想文の掲載率を上げようと画策中。

幽霊幽霊
(2007/07)
イーディス ウォートン

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海外作家のホラーで恐い思いをしたことはあまりないが、イーディス・ウォートンの短編はなんだか異常に気持ちが悪く感じる。

ウォートンの幽霊話を集めた短編集。ウォートンといえばピュリッツアー賞を受賞した「イーサン・フローム」で知られるが(未読)、短編においては怪奇小説を何点か発表しており、アンソロジーピースとして目に触れる機会も多い。「柘榴の種」「あとになって」等の朦朧法を用いた作品の気持ち悪さは、放り投げっぷりのせいもあるが、不可解な出来事の背後から他人という所詮得体の知れない存在の悪意や不気味さが滲み出ているからだろう。静謐、という言葉の浮かぶ世界で地味に進行していくストーリーは、ショッキングさではなく得体の知れなさとアンチクライマックスで読むものを『妙な心持ち』のまま置き去りにする。前半はストーリーの印象がどれも似ていて単調だが、後半の「柘榴の種」「ホルバインにならって」「万霊節」はどれも忘れ難い印象を残す。特に「ホルバインにならって」の年老いた二人が行う晩餐会の奇妙で滑稽でグロテスクな光景と、その哀しさは特筆に値する。

割と最近、泉鏡花を読み直していて「眉かくしの霊」が記憶にあるよりも何倍も不気味さのある作品だったことに衝撃を受けた。昔読んだ時は文体の美しさに気を取られてよく分かっていなかったようだ。ウォートンの、趣きのある静かな文体にするりと異界の存在を忍ばせて、ふとした瞬間にゾッとさせる手腕には、「眉かくしの霊」を読んだ時の恐ろしさと奇妙に重なる部分がある。


しかし、訳文はその筆致を伝えているようで、実際は流れが悪くなんだかあまり乗れず。アンソロジーに入っていた「ざくろの実」の訳のが好きだなぁ。別に原文で読む訳でも読んだところで正確にわかるわけでもないけれど、訳がイマイチだと地味にげんなり。だが、映画を見終わって「字幕:戸田奈津子」と出たときのガッカリ感に比べればなんぼかマシ。あのガッカリ感は英語が分からない分それだけ重い。
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最近読んでいた本

posted at : 2008-09-14 (Sun)

視覚のアメリカン・ルネサンス視覚のアメリカン・ルネサンス
(2006/02)
武藤 脩二入子 文子

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アーサー・ミラー〈2〉るつぼ (ハヤカワ演劇文庫 15)アーサー・ミラー〈2〉るつぼ (ハヤカワ演劇文庫 15)
(2008/05/23)
アーサー・ミラー

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ニュー・アメリカニズム―米文学思想史の物語学ニュー・アメリカニズム―米文学思想史の物語学
(2005/06)
巽 孝之

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闇の奥 (岩波文庫 赤 248-1)闇の奥 (岩波文庫 赤 248-1)
(1958/01)
コンラッド

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七人の風来坊―ホーソーン短篇集 (岩波文庫)七人の風来坊―ホーソーン短篇集 (岩波文庫)
(1952/10)
ホーソーン福原 麟太郎

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とりあえず放置期間終了(したつもり)というわけで、先月から今月前半はこんな感じでしたというメモ。「視覚のアメリカン・ルネサンス」はとても良い本で、第二部の第二章「ポーと新たなサブライムの意匠」第四章「ホーソーンとコール」などは非常に面白く読めた。アメゴシといえばどうしてもフォークナーが好き!と鼻息を荒くしてしまう私なのですが、体系的にアメゴシの流れを掴むには、やっぱりアメリカン・ルネサンスから見て行かないと今まで勉強してた18世紀文化からの変化がわからんのです。で、結局こういうことに……アーサー・ミラーの「るつぼ」はセイレムの魔女裁判を題材としているので、参考文献として読んだのですが見えてくるのは全く別の問題(笑)。

ようやく読んだ「闇の奥」は、すらすら読めたものの、どうやら誤訳が多いらしい。新訳が決定版となりつつあるようなので、そっちも読みたい。



20世紀の幽霊たち (小学館文庫 ヒ 1-2)20世紀の幽霊たち (小学館文庫 ヒ 1-2)
(2008/09/05)
ジョー・ヒル

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久しぶりに初心に戻れる一冊。これは本当に良く出来ている。某有名ブログの方も書いていたけれど、ディヴィッド・マレルの「苦悩のオレンジ、狂気のブルー」を思い出させる、もしくはそれに並ぶ出来。と書けばどんだけ充実した短編集か分かってもらえるはず。ジョー・ヒルのお父様が誰か、なんて本当に話題にもならないくらい中身が凄い。ロメロ好きは必読だぜ。

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フォークナー「八月の光」

posted at : 2008-04-24 (Thu)

八月の光 (新潮文庫)八月の光 (新潮文庫)
(1967/08)
加島 祥造、フォークナー 他

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ラッシュにも慣れ、多少仕事のことも分かり、帰りの電車の中で本を読む余裕が生まれました。で、中断していた「八月の光」を読了。再開してからは一気にラストまで読み進めました。まさしく、一生涯記憶に残る読書体験だったと思います。

「響きと怒り」はアメゴシという文脈の中でどう論じられるべき物語なのかばかりに気をとられつつ読了しましたが、「八月の光」も同じ動機を持って読み始めたものの、すぐにそんな理由は忘却の彼方へ去って行きました。平坦な物語(あらすじに書いてある以上のことは起こらない)でありながら、構成のあまりの巧みさと、くどい程に丁寧な描写が登場人物一人一人の「物語」をしっかりと浮かび上がらせ、読んでて退屈することは全くありません。個々のキャラクターのエピソードが絡み合って、一つの物語を形作っているというよりも、本当に大きな流れの中で一人一人がそれぞれ主役として生きている姿を丁寧に覗きみているといった感。

個人的には終盤、元牧師のハイタワーがリーナの出産前後に見せる変化に非常に心惹かれました。キリスト教への否定…というと言葉が強過ぎるんですが、宗教とは全くかけはなれた次元で、地に足をつけて生きている人間を目の当たりにすることで、心の曇りが取れる、その様は皮肉かつ感動的でありました。あと、読んでいてハッとしたのは、それまでは「ジョー」と呼ばれていた青年の名称が唐突に「クリスマス」の表記になる箇所。恐ろしい程きちんと作り込まれているんだなぁ、と驚いた。技巧派としてのフォークナーも素晴らしい。

アメゴシとゴシック小説の大きな違いの一つに、「場へのオブセッション」の有無があるんじゃないかと勝手に思っているんですが………という話をしようかと思ったんですが、それはいづれ研究ノートにする予定なので秘密にしときます。

これまで音楽の好みと大学での研究とがバッティングすることはなかったのですが、ここにきてアメゴシという観点を見付け、わたくし大変に楽しく音楽も文学も楽しんでおります。無造作に色々読んだり聴いたりもいいんですけど、基本的には明確な意識を持って体系的に読んだり聴いたりの方が好きです。

…真面目に感想書こうと思ったけど眠くてダメでした。あとで書き直すかも。

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H.R.ウエイクフィールド「赤い館」

posted at : 2008-02-29 (Fri)

赤い館 (魔法の本棚)赤い館 (魔法の本棚)
(1996/10)
H.R. ウエイクフィールド

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本は読んでいるのですが…というかむしろ散財しまくりなのですが、なかなかどうして感想を書くところまで漕ぎ着けないのが実状。

さて、奇想コレクションも未来の文学も異色作家短編集も一段落ついたので、少し古いシリーズを集めにかかっています。ゴシック叢書は集めるのしんどくて挫折中……まずは現時点ではまだまだ楽に手に入る「魔法の本棚」です。

これまで日本への紹介が進んでいなかった作家を中心に短編集を編んだこのシリーズ。ホラーがまだ『怪奇小説』だったころの味わいと佇まいが売りのようです。ウエイクフィールドも例に漏れず非常に良質のゴーストストーリーを書く人で、わりあいクラシックな雰囲気の幽霊ものが収録されています。……へへー、そんなオーソドックスな幽霊話ならチキンの私でも全然平気なんだぜ!とタカを括っていたら痛い目にあってしまった……のが中盤の目玉「ゴーストハント」。ラジオの企画で幽霊屋敷にのりこんだレポーターの喋りのみで構成されたこの作品、個人的にはとてつもなく怖かった。そしていやげだった。いやげ度ではあの「黄色い壁紙」に匹敵するかもしれない。軽薄なしゃべりが少しづつ崩れて行く様子の迫力、臨場感は凄まじく、読み方によってはギャグなんだけども、ウエイクフィールドの「上手さ」にすっかりやられてしまいました。

怪奇作家にしては珍しく、心霊現象に明確に親和的な立場をとっていることも影響してか、他の作品も体験者ならではの細やかな心の動きと恐怖が描かれています。その意味ではやはり表題作の「赤い館」も素晴らしい傑作だと言えます。大げさになりすぎないものの無茶苦茶不気味な描写はあなたの想像力もたくましくしてくれるでしょう。

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J.G.バラード「ヴァーミリオン・サンズ」

posted at : 2008-01-22 (Tue)

ヴァーミリオン・サンズヴァーミリオン・サンズ
(1986/11)
J.G. バラード

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退屈で眠たい短編集。良い意味で。

芸術家や俳優がただただ怠惰な時を過ごす、砂の海の中のリゾート地ヴァーミリオン・サンズ。彼らはみな、遅い朝食をとり、午睡を貪り、日が暮れればナイトクラブへ出かけ、朝寝坊をする。読んでいる方も倦怠感に襲われること請け合いの、非常に魅力的なリゾート。

ただ、怠惰ってのはヴァーミリオン・サンズという場所の性格を言っているのであって、個々の物語は割合とバラエティに富んでいる。サイコサスペンス風の「希望の海、復讐の帆」や、読めるオチながらバラードらしくない奇想短編「ヴィーナスはほほえむ」など。全作品に共通するのは魅力的だが気狂いな女性が登場し、主人公は漠然と彼女に惹かれてゆくという図式。彼女にしっちゃかめっちゃかにされて、何かが変わることもあれば変わらないこともある。すでに寂れ始めているリゾート地の未来に少しだけ変化の萌芽が訪れそうな終わり方の「ヴィーナスはほほえむ」と「スターズのスタジオ五号」が良い。特に後者は出色の出来。割合と閉じたコミュニティの中でなれ合い的な創作活動を行っている詩人と編集者が、根源的なクリエィテビティを取り戻すエンディングは、バラードにしては奇妙にポジティブ。物語としてのカタルシスや緩急もあって読みやすい。だが、結局は彼らはヴァーミリオン・サンズに暮らす限り怠惰な日常に再吸収されていくのではないかと思えるところもミソだ。それどころか、<大休止>とかいう(天文学上の?)事件のせいで世界全体の時間が歪んでいそうな雰囲気。もしかしたら、この世界はどこもかしこも同じように倦怠に支配されているのかもしれない。

前提として、「テクノロジーの発達によって余暇の増えた世界である」という設定があり、その辺も中期バラードと照らし合わせて読んでも面白い気がする。と言いつつ、バラードを、とくにこの短編集を読むというのは、その行為そのものが快楽だ、と言いたいだけで、別にあんまり深くは考えていません。考えられないです。そりゃもう読んでると脳がまったりするので。受動的な読者ですみません。


バラードはコンプまであと2冊。もちろん「死亡した宇宙飛行士」と「22世紀のコロンブス」が残っています。ていうか今度こそマジで「クラッシュ」文庫化のようですね?

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